GLASSY MENPITA CALIFORNIA SURF TRIP DECEMBER 2009

DAY 9: 2008年12月15日(月)

まさにバケツをひっくり返したような雨音で目が覚める。「ああ〜今回のトリップでのサーフィンは終わったなあ。」と心でつぶやく。フロントで、ぱさついたマフィンと美味しくないコーヒーをお腹に納める。

海をあきらめたぼくたちは、すでに仕事モードへと心が移る。マンハッタンビーチの内陸側にあるショッピングモールへとクルマを走らせる。その頃には遠い雲もちぎれ始め、明るさを取り戻す。それでも雨はときおり強くアスファルトに打ち付ける。

子供服のサイジングをチェックし、アウトドアショップでは、ハットやバッグをチェック。そうしているうちに雨は小降りになる。午前の遅い時間にDave Sweet Surfboardsのメインシェーパー:ブルース・グラントとのミーティングがある。60'sのサーフィン・インダストリーのメッカであるハーモサ・ビーチに向かう。

ブランクスやレジンを扱うサーフボードファクトリーの稼働規制はとてもうるさい。いろいろなファクトリーがこのエリアに密集している。今、ブルースが使っているシェーピング・ルームがある工場は、ハップ・ジェイコブスがオーナーだ。そのちょっと海よりの敷地はグレッグ・ノールのもの、とパートナーのRyuzo君が教えてくれた。ちょっとした歴史を感じることが出来る場所だ。

ぼくらが到着してすぐにブルースもきた。ちょっと太ったか?「久しぶりだね。元気かい?」「やあ、Hiro。あまり体調がよくないんだ。お腹の手術をしたばかり...」でももう回復に向かっているとのことでひと安心。それから工場内に入り、オーダーを入れているサーフボードのチェック、これからの方向性、それに伴うモデルの打ち合わせ。

Dave Sweet Surfboardsは、正直それほどメジャーなブランドではない。しかしぼくをはじめ、シェーパーのブルース・グラント、パートナーのRyuzo君はみな、Father of Foamと呼ばれるDave Sweetさんをリスペクトして、心を込めてこの世にサーフボードを供給している。そのソウルを大切に思えば、アローヘッド・デカールのついたサーフボードは安易に扱うことは出来ない。

いまではエコ運動の一環で、石油からできているポリウレタンフォームもその槍玉に挙がることも確かだ。1957年、世界でいち早くDave Sweetは、ポリウレタンフォームでのボードビルディングに成功した。そしてこれ以降ほとんどのサーファーは、このポリウレタンフォームで出来たサーフボードに恩恵を受けてきた。

Dave Sweet Surfboardsはけっして安いサーフボードではない。しかしブルース・グラントが魂を込めてハンドシェープし、熟練したクラフトマン達のカラーリング、グラッシングという職人技を経て、世に送り出している。そのサーフボードは美しく、乗り心地もカスタマーの期待に応え、そして頑丈に仕上がり、そのサーファーとともに何十年もつき合える耐久性を兼ね備えている。けっして短期間で使い物にならなくなるようなちゃちなサーフボードではない。この耐久性こそがポリウレタンフォームでできたサーフボードのせめてものエコ運動。

シェーピングの腕に関して、ブルース・グラントというシェーパーはかなりの線を行くと、ぼくは思っている。いろいろなファクトリーを渡り歩き、有名シェーパーのシャドーとして腕を磨き、サーフボードの歴史を、モデルを勉強してここまでたどり着いた。だからとても頑固である。自分の考えに合わないカスタムオーダーには必ずと言って難色を示す。最終的にはオーダーと別物になってしまう場合もあるが、その板に乗ってはじめてブルースの言いたかったことがわかったりする。

しかしぼくらも言いなりにはなりたくないわけで、いろいろな意見をブルースにぶつける。時には険悪な雰囲気になることもある。そして最後には「Hiro、サーフボードは波に乗る道具だろ?なんでカラー間違いやグラッシングのオーバーサンディングごときにそこまでナーヴァスになるんだい。日本人はサーフボードを飾って眺めているのか。」と決まり文句を投げつける。そういうときぼくは、ブルースの削る板にカスタマーが高いお金を払ってまで首を長くして待っていてくれることを説明する。そのカスタマーの気持ちやその金額に値するクォリティを提供することが職人としての仕事ではないのかと。最終的にはシェイクハンドして別れるのだが...

そんな話をしながらブルースとRyuzo君とは工場でお別れ。軽くランチをすませ、サンタモニカの街を流す。アメリカの不況は深刻で、あちこちでセールが始まっている。この時期のセールはめずらしくはないが、プライスダウンの率が例年より大幅だ。しかし人気のセレクトショップは、あいかわらず多くの若者でにぎわいをみせている。洋服屋なのに雑貨や靴、本に至るまで、客を飽きさせないような品揃えにリスクをはり、自分たちのビジネスを考え抜く。

狩猟民族のように罠を張り、虎視眈々と獲物を狙うかのように。アメリカという国のしたたかさを垣間見る。いつまでもレトロだ、カリフォルニアだと言っている自分はいつか取り残されるのか?トレンドに迎合することがビジネスか?いや、ぼくにはこれしか出来ないのだ。この細くて狭い道を歩いていくことこそが、ぼくの生きがいなのだ。そんな自問自答をしながら、モダン・カリフォルニアを徘徊する... こんなぼくだが、今のカリフォルニアも好き。センスのいいブロンズヘアの若者を見るたびに、まぶしいし、うらやましく思う。さあ、ぼくらのDave SweetをMikeに預かってもらう時間が来た。

MAXWAYの大きくてりっぱなオフィスに、ネルシャツと501で行くことが、気が引ける。でもMike は、いつもぼくらを優しく迎えてくれる。ここで働く若い社員もみな、笑顔で迎えてくれる。最高である。Evan、いつもありがとう。今夜はカリフォルニア最後の夜。遅くなると荷造りもかったるくなるし、早めにMikeと別れる。いつもホントにありがとう、Mike !

夕食はお決まりの一品香。チャイニーズ。KAZさんに20年前教えてもらって、カリフォルニアに来るときは必ず立ち寄るお店。お店のお姉さんもトシをとったね。そういう自分も向こうから見れば、そう映るのだろう、きっと。

なんか旅も終わりになると、感傷的な文章ばかりになる。自分が作るウエアは自分が着たいと思うもの、着れるものを作りたいと思い、いつもデザインする。でも着れるものは今まででもほんの数枚。そこには妥協の数々があるからか?いつかRRLのようにコストを気にすることなく、自分が納得できて、自分が着れるウエアを作りたい。でもきっと売り物にはならないほど高価な洋服が出来上がるのだろう。自己満足の世界。きっといいものを作れば、共感してくれる人達も現れるだろうと甘い考えを持っている自分もいる。それには何度も言うが、もっともっと生のカリフォルニアを知らなければ。本やネットの世界では体験できないカリフォルニアを。場所、人、サーフィン、洋服、モノ、ニオイを...

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